変わりたいなら、全部を説明しなくていい。

16時間断食

「いま、オレ、16時間断食に挑戦してるんだ」

そう友人に言ったとき、返ってきたのは
「やめとけ。危ないぞ。」
という一言だった。

その友人は悪くない。
むしろ、真剣に心配してくれた。

自分の知識と経験の中で、
ボクのことを守ろうとしてくれた。
だからこそ、いい友人だと思う。

ただ、その瞬間、
ボクはほんの少しだけ、
別の世界の人になった気がした。

危険なダイエットをしている人。
少し極端な人。

そんなラベルが、うっすら貼られた。

嫌だったわけじゃない。
でも、少し孤独だった。


言うと、世界がざわつく

習慣は、本来とても静かなもの。

ところが、口に出した瞬間、
それは「意見の対象」になる。

正しいのか。
危険じゃないのか。
続くのか。
やめたほうがいいんじゃないか。

ボクはただ、試しているだけだった。
でも、言った途端に、
説明しなければならない人に
なってしまった。


友人は、母親みたいな存在だった

あとから分かったことがある。

友人は、ボクが失敗するのを恐れていた。
でも同時に、成功することも、
少し怖かったのかもしれない。

ボクが変わること。
ボクが別の世界に行ってしまうこと。

人は、身近な誰かが変わろうとすると、
少しだけ不安になる。

それは悪意じゃない。
ただの人間らしさ、だと思う。


全部を説明しなくてもいい

孤独から解放されたくて言った。

でも言ったことで、
別の面倒くささも生まれた。

だから今は、
新しいことを始めるたびに、
世界に宣言しなくてもいい

とボクは考える。

続くかどうかも分からない段階で、
「オレ、これ始めたんだ」
と全部説明する必要もない。

まずは自分でやってみる。

合わなければやめる。

続いたら、そのとき話せばいい。

ボクには、そのくらいの距離感が
ちょうどよかったのである。

もちろん、体調や健康に関わることで
不安がある場合まで、一人で抱え込む
必要はない。

そういうときは、
医師などの専門家へ相談した方がいい。

ボクがここで言いたい「黙ってやる」は、
無理に宣言しなくてもいい
という意味だ。


静かな作業

変わりたいのなら、
全部を説明しなくていい。

わかってもらえなくてもいい。

誰かに証明しなくていい。

変わるって、
本当はとても静かな作業だから。

大きな宣言よりも、
今日できることを一つ。

強い決意よりも、
いつもの習慣。

声を上げるよりも、
ただ続ける。

気づいたら、
景色が変わっている。

それでいい。

ズルくていい。
ゆっくりでいい。
でも、確実に。

なぜなら、それがいちばん、強いから。

この話は、
👉一発逆転ダイエットは、だいたい話がうますぎる
にも繋がります。


※この記事は、筆者自身の経験をもとに、新しい習慣を始めるときの人付き合いや距離感について振り返った体験談です。16時間断食や特定の食事方法をすべての方に勧めることを目的としたものではありません。体調や治療中の病気などに不安がある場合は、医師などの専門家へご相談ください。


近況報告

最近、私小説よりの半フィクション小説に
取り組み始めました。

というのも少し前のことなのですが、ボクは
ある言語聴覚士の先生に自己紹介のことで
指導を受けていたのです。
そこで交通事故に遭った時のことを思い出し
ながら、整理してみたところ。
自分の体験は、かなりドラマチックな出来事
だらけだったことに気づいてしまったのでした。

これまでは主観的にしか見てなかった出来事を
客観的に見ると、
「これは物語になる!」と思い至った訳です。

いやー、それにしても盲点でした。

ま、どこまでやれるか分かりませんが、
続けてみます。

んー、
こういうことも、
世界に宣言することになるのだろうか?(笑)

では、今日も最後まで読んでくれて
ありがとう。


ルキウス・ヒラノ

ズルく、ゆっくり、確実に。
頑張らずに続いてしまった生活を、
このブログに記録しています。

▶ プロフィールを見る


コメント