20歳の事故を境に、人を見る目は変わったのか。
そう聞かれれば、
「確かに変わった」
と答えます。
ただし、ある日突然、
「人間とは、こういうものなのか!」
と悟ったわけではありません。
そんな立派な話ではないです。
少しずつ。
本当に、少しずつ変わっていきました。
その中でも特に印象に残っているのが、
当時、付き合っていた彼女との関係です。
あの頃は、かなり天狗だった
事故に遭う前のボクは、かなり強気でした。
生活も充実していた。
友達もたくさんいる。
彼女もいる。
体力もある。
やりたいこともできる。
欲しいものも、だいたい手に入る。
そして何より、
言いたいことが言えたのです。
今振り返ると、
「そりゃ、一回くらい人生、谷底に叩かれるわ」
と思うくらい、根拠のない自信に満ち溢れていました。
彼女も、なかなかのわがままです。
でも、ボクも負けていません。
ある日、デートの約束をしていたのに、彼女が遅刻してきました。
しかも連絡がない。
当時は、スマホどころかポケベルの時代です。
待っていたボクは腹を立て、
「やっぱ帰る」
「バイバイ」
とポケベル📟に打って、そのまま帰りました。
当然、あとで大ゲンカです💥
彼女からすれば、
「なんで帰るの?」
ボクからすれば、
「なんで連絡しないの?」
どちらも譲らない。
そんな二人でした。
必要とする側になった
ところが、あの事故です。
ボクは一時期、本当に死にかけました。
さらに手術後、しばらく声が出なくなるのです。
言いたいことが言えない。
それどころか、筆談をしようにも、
ペンを握って文字を書く力さえありません。
家族との会話も、
「YES?」
or
「NO?」
と聞いてもらい、
首を縦にうなずくか
横に振るくらい。
頭もボーッ💫としています。
意思はある。
でも、それを外へ出す方法がほとんどない。
あの状態は、本当に地獄でした。
そんなとき、彼女の存在が大きくなるのです。
親には伝わらないものがある
入院中にも、欲しいものはあります。
たとえば、ボクが当時読んでいた『DOLL』という雑誌。
PUNKカルチャーを扱った、マニアックな月刊誌でした。
本屋にも発売後しばらくしか置いていない。
これを親に説明して、
「買ってきて」
と言っても、なかなか伝わりません。
さらに下着を母親に頼んだら、当時のボクからすると、
「なぜ、それを選ぶ?」
と言いたくなるような英字プリント柄のトランクスを
買ってきました。
ケガで弱っています。
声も出ません。
さらにパンツまでダサい。
なかなかの追い打ちです。
そうなると、彼女に頼るしかありません。
ボクが欲しい雑誌。
ボクが着たいもの。
ボクが嫌がるもの。
彼女は、それを分かっていました。
事故前は、彼女を振り回していたボクが、
今度は彼女を必要とするようになったのです。
五十音表が、声になった
彼女は、声の出ないボクのために一つのものを
作ってくれました。
画用紙に、
「あ・い・う・え・お」
から、
「ん」までを書いた
五十音表です。
ボクが文字を指し、
彼女が一文字ずつ拾っていく。
時間はかかります。
でも、これでようやく、自分の言葉を伝えられるようになりました。
これは本当に助かりました。
しかしながら、
便利なものができれば、会話が全部うまくいく。
……なんてことはありません。
「愚痴は聞きたくない」
ある日。
病室へ来た彼女が、会社の愚痴を話し始めました。
上司がどうだ。
会社がどうだ。
あれが嫌だ。
これに腹立つ。
彼女にも、いろいろあったのでしょう。
けれど当時のボクは、
自分のことで精いっぱいでした。
声が出ない。
体も思うように動かない。
先のことも分からない。
そこへ大量の会社の愚痴です。
正直、疲れました。
そこで五十音表を使いました。
「ぐ」
「ち」
「は」
「き」
「き」
「た」
「く」
「な」
「い」
時間をかけて、
「愚痴は聞きたくない」
と伝えました。
すると彼女が突然、泣き出しました。
そして、
「それじゃあ、あたしの話は
どこですればいいのー?」と
大げんかです。
こちらは声すら出ません。
五十音表を使って大げんか。
効率が悪い。
ものすごく効率が悪い。
ただ、そのときボクは、
「ああ、この人とは、どっちにしても別れるんだろうな」
と感じました。
彼女も、苦しかった
最初の頃、彼女は頼られることを嬉しそうにしていました。
でも入院生活は、想定より長くなります。
雑誌を買ってきて。
これが欲しい。
あれが必要。
そんな細かいお願いが積み重なります。
当然、彼女も疲れます。
その苛立ちが少しずつ
溜まっていることは、
ボクにも分かりました。
でも、ボクには彼女が必要でした。
だから下手に出る。
すると、今度は彼女が強くなる。
こちらがさらに下手に出る。
また関係が変わる。
以前とは、完全に逆です。
事故前は、ボクが振り回していた。
事故後は、ボクが離れてほしくない
と思っていました。
たぶん、彼女も苦しかった。
ボクも苦しかった。
どちらが悪いという話ではありません。
人間関係には、外から見えないものがある
事故を経験してから、人を見る目が
変わった理由の一つは、
ここにあると思います。
それまでは、自分の気持ちを中心に
人を見ていました。
でも、自分が弱い立場になり、
誰かを必要とするようになると、
少しずつ別のものが見えるように
なるのです。
好きだから一緒にいる。
優しいから離れない。
嫌いだから別れる。
人間関係は、そんなに単純ではありません。
情もある。
罪悪感もある。
必要とされる嬉しさもある。
重荷になる苦しさもある。
外から見れば、
「なんで、そんな相手と一緒にいるの?」
と思う関係でも、
本人たちにしか分からないものがあります。
昔のボクなら、もっと簡単に
決めつけていたかもしれません。
でも今は、
「本人には、本人なりの理由があるんだろうな」
と一度考えるようになりました。
20歳の事故で、人を見る目は変わりました。
でも、それは事故そのものが教えてくれた
わけではありません。
声が出なくなったこと。
人を頼らなければ生活できなくなったこと。
そして、頼られる側にも限界があると
知ったこと。
そんな小さな経験が積み重なって、
少しずつ変わっていったのです。
ズルく。
ゆっくり。
確実に。
人を見る目まで変わるのだから、
人生というのは、なかなか勝手なものです。
できれば、もう少し優しい授業料にして
ほしかったですけどね。
近況報告
今日は、ボクにとって初めてAmazonに注文した日、らしいのです。
ぶっちゃけ、今から22年前のことなのですが、今でも注文した時の
瞬間や、商品が届いた時のことなど色々、覚えてます。
注文した商品は、発売後しばらく経ったCDだったので、わくわく感
というより。どんなもんだろうという。
お試し感が強かったな、とか色々 懐かしさが沸き上がってきます。
あなたはAmazonや楽天で初注文したもの、覚えてますか?
今日も最後まで読んでくれて、ありがとう。

ルキウス・ヒラノ
ズルく、ゆっくり、確実に。
頑張らずに続いてしまった生活を、 このブログに記録しています。

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