頑張ってないのに、落ち着いてきた理由

生活の変化

最近、
「昔より、ずいぶん落ち着いたな」
と思うことがある。

別に、心を落ち着かせるための特別な訓練を始めたわけではない。
性格が大きく変わったとも思わない。
今でも面倒なことは嫌いだし、できればラクをしたい。

それなのに、以前より「どうしよう」と考える時間が減った。

なぜだろう?
振り返ってみると、何かを頑張って増やしたからではなかった。

むしろ逆。
毎日の中で、自分で決めなければならないことが少しずつ減っていた。

どうやら、これがボクには合っていたらしい。


昔から、急かされるのが苦手だった

昔から、急ぐのは得意ではない。

どちらかといえば、のんびりしている方だと思う。

だから、
「もっと頑張らなきゃ」
「早くやらなきゃ」

と言われるのも、あまり好きではなかった。

とはいえ、昔から毎日をのんびり過ごせていたわけでもない。
予定が変われば、それに合わせる。
誰かから連絡が来れば、そちらを優先する。
時間が空けば、
「何かやっておいた方がいいかな?」
と考えてしまう。

急ぐのが苦手なくせに、頭の中ではいつも何かを気にしてる。
身体はのんびりしているのに、頭の中は意外と忙しかったのである。


「今日はどうする?」を少しずつ減らしていった

今の生活では、毎日やることの多くが、ある程度決まっている。

16時間断食もそう。
朝にやることもそう。

食事も、最初に食べるものはだいたい同じ。

もちろん、一日を分刻みで決めているわけではない。

予定どおりにいかない日だってある。

ただ、
「今日は何時に食べよう?」
「最初に何をしよう?」
「何を食べよう?」

と、毎回ゼロから考えることが減った。

これが思っていた以上にラクだった。

何か新しいことを始めたというより、
毎日繰り返していた小さな「どうしよう?」を減らした。

それに近い。


予定が空いても、何かで埋めなくなった

自分が変わったと感じるのは、予定が突然なくなったときである。

以前なら時間が空くと、
「せっかくだから、何かしなきゃ」
と思うことがあった。

何もしないまま一日が終わると、少し損をしたような気さえする。

今は、そこまで気にならない。

予定がなくなったなら、
「じゃあ、今日は何もしなくていいか」
と思える。

もちろん、いつもそんなに余裕があるわけではない。

焦る日もある。
予定が重なって面倒になる日もある。

それでも以前と比べれば、空いた時間を無理に何かで埋めようとはしなくなった。

ボクにとっては、この変化がかなり大きかった。


自信より、「また明日もできる」という手応え

もう一つ、変わったことがある。

続いているものが増えたことだ。

16時間断食。
朝にやっていること。
食事の流れ。
掃除。

どれも最初から完璧にできたわけではない。

それでも、できるくらいまで簡単にして続けてきた。

すると、
「これなら、たぶん明日もできる」
と思えるものが少しずつ増えていった。

大きな自信がついた、というほど格好いい話ではない。

ただ、
「明日はどうなるんだろう」
より、

「まあ、明日もだいたい同じようにやればいいか」
と思える。

この小さな手応えが、ボクにはちょうどよかった。


落ち着いたというより、迷うことが減った

だから今になって思う。
ボクは、落ち着いた人間になったわけではないのかもしれない。

昔より立派になったわけでもない。

ただ、
迷わなくていいことを増やした。
毎日やることを、ある程度決めた。
続けられないものは、続けられるくらいまで小さくした。
何もすることがなければ、無理に予定を作らなくなった。

そうやって「どうしよう?」が少しずつ減った結果、
以前より静かに暮らせるようになった。

頑張って自分を変えたという感覚は、今でもほとんどない。

むしろ、
頑張らなくても回るようにしてきた。

その積み重ねだったのだと思う。

これもまた、
ズルく、ゆっくり、確実に。

ボクなりの、生活をラクにする方法である。


ルキウス・ヒラノ

ズルく、ゆっくり、確実に。
頑張らずに続いてしまった生活を、
このブログに記録しています。

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